科学する心

小学生の頃、名古屋市科学館の「科学工作コンクール」というもので、入賞し、表彰式かなんかで、初めて聞いた言葉だと思う。

「科学する心」

「科学」と言っても、それは、決して理系を意味するものではなく、
 「なぜ?」、
 「どうして?」、
 「どうなってるの?」、
 「どうなるの?」、
と言う、疑問や、「知りたい」と言う気持ちを持つことだ、と言うようなことを言われたのを、おぼろげに記憶しています。

「1+1は、どうして2なの?」と聞いたエジソン少年のエピソードは、究極?

大人の一般的な言葉で言えば、「探究心」や「知的好奇心」と言うことになるだろうか。

どうも、最近、これを発揮している若者が減っている気がする。
(また、「最近の若者は・・・」になってるけど・・・)

教育は、大丈夫だろうか?

子供の時から、
 「そんなことよりも、あれをしなさい」、
 「良いから、黙ってやりなさい」。
 「ごちゃごちゃ言ってないで、決められたことをやりなさい」、
 「余分なこと考えてるより、テスト勉強しなさい」、
 「そんなことは塾で教えてもらいなさい」、
 「それは試験には出ません」
とか、言われ続けていないだろうか・・・。

教育と言っても、学校や塾だけでなく(むしろそれ以上に)、家庭とかでの教育も含んでの話。

試験のために暗記するだけの教育では、教わっていないことは、どう対応していいかわからないヤツしか育たない。

しかし、社会に出たら、教えてもらったことだけで、仕事ができ、やっていけることの方が、圧倒的に少ない。

一方で会社も、じっくりと育てると言うよりは、システムやルールで補助し、短期で仕事(=作業)がこなせるようにしか教育しないケースが増えている。
有期・非正規の雇用契約や派遣契約が増えれば、その傾向はどんどん強まる・・・。
これが、ビジネスマンの2極化を生む。
実は、若者たちだけはないかもしれない・・・。
あなたは、大丈夫?

「科学する心」
これを、自分で、身につけて行かないと、ヤバイよ。

「考えろ!」って言ってるのと同じことだけどね・・・。

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